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静岡地方裁判所沼津支部 昭和46年(ワ)184号 判決

原告 白橋龍也

右法定代理人親権者母 日高悦子

右訴訟代理人弁護士 北島孝男

同 仲田賢三

被告 伊東柔道舘こと伊東柔道倶楽部

右代表者会長 藤井厚男

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 高野長英

主文

一、被告らは原告に対し、各自金五七四、四二二円およびこれに対する昭和四五年一二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

(一)  被告らは原告に対し各自金一、〇六九、〇七二円およびこれに対する昭和四五年一二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、被告ら

(一)  原告の請求はいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)1、原告は未成年者で大工見習をしているものである。

2、被告伊東柔道倶楽部は会員約七〇名を構成員として有料で柔道指導を業とする権利能力なき社団である。

3、被告大胡惣市は被告伊東柔道倶楽部に使用されている有段者の柔道指導員である。

(二)  被告は大胡は昭和四五年一二月一四日午後九時三〇分ころ、伊東市玖須美元和田三八〇番地被告伊東柔道倶楽部の道場において、柔道の練習を見学に来ていた原告に対し練習相手になるように誘ったが、原告からはっきりと体力づくりが未だできていないからと練習の相手になることを断わられたうえに、原告が一見して華奢な身体つきで柔道着の着付も下手であることなどから柔道の未経験者で柔道の技のうちでも高度の技である内股の練習に対応できるだけの経験・体力がないことを認識し、またはこれを容易に認識することができたにもかかわらず、原告に対し強引に練習相手になることを強要し、原告と組んで移動しながら足技をかけた後、不注意にも、原告に対しいきなり、内股をかけたが決まらず前に潰れ、そのため原告を転倒させ、よって原告に対し五ヶ月の入院加療を要する左大腿骨頸部骨折を負わせたものである。

(三)  被告大胡は前記不法行為者として、被告伊東柔道倶楽部は被告大胡の使用者として原告の後記損害を賠償する義務がある。

(四)  原告は前記不法行為によりつぎの損害を被った。

1、休業による損害    金三一八、七五〇円

原告は大工見習として日当金一五〇〇円を得て、毎月金三七、五〇〇円の収入があったが、前記傷害のため昭和四五年一二月一五日から昭和四六年八月末日まで仕事に従事することができず、右八、五ヶ月間に失なう収入は金三一八、七五〇円になる。

2、入院費、治療費、雑費 金一五〇、三二二円

原告は昭和四五年一二月一五日から昭和四六年五月二四日まで神奈川県湯河原町宮上四三八厚生年金湯河原整形外科病院に入院し、その入院費、治療費として金一一八、三二二円、諸雑費として金三二、〇〇〇円を支払った。

3、慰謝料        金六〇〇、〇〇〇円

原告は左大腿骨頸部骨折の重傷を負わされて五ヶ月一〇日間の入院治療を余儀なくされ、退院後も通院を要し、さらに接骨のため左大腿骨に埋込んであるプレートを除去するための再手術を受けること等を総合すると、その精神的苦痛に対する慰謝料額としては金六〇〇、〇〇〇円が相当である。

(五)  よって、原告は被告らに対し前記損害金合計額金一、〇六九、〇七二円およびこれに対する不法行為の日である昭和四五年一二月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告の答弁および抗弁

(一)1、原告主張の請求原因事実中第一項1および3は認める。同2のうち有料であることを争いその余の事実は認める。

伊東柔道倶楽部は柔道愛好者が集まって自主的に運営している同好会である。したがって、営利を目的とせず、会員の会費によって運営されており、会費は日額僅か金三〇〇円で道場の修理代、柔道大会の費用等の経費にあてられている。会員のうち、有段者が指導に当っているが勿論報酬はなく、被告大胡も無報酬で指導に当っている。

2、同第二項のうち、被告大胡が昭和四五年一二月一四日伊東柔道倶楽部で原告と柔道の練習をし、その結果原告が主張のような傷害をうけたこと、被告大胡が有段者で指導員であること、および内股をかけたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3、同第三項は否認する。

4、同第四項のうち、原告が大工見習であること、および原告が厚生年金湯河原整形外科病院に入院したことは認めるが、その余の事実は否認する。

5、同第五項は争う。

(二)1、原告は昭和四五年一二月一〇日夜仕事の件で訴外青木邦臣と話し合った際、同人から誘われて同人の稽古着を着て右訴外人に前方回転の受身や足払のかけ方を教っていた。同月一四日午後九時少し前ころにまた原告は道場へ来た。そのとき原告の父親の使用人で、やはり大工見習をやっている訴外人白橋清一、同佐々木登も道場に来たが、両人は稽古着を着ておらず見物していた。原告は稽古着を着ており、訴外佐藤某から「やろう」と言われ一回は断ったが、再度誘われて同人と受け身の練習をし、それが終って右訴外佐藤某は帰ったが、原告は準備運動をしていた。同日午後九時ころに被告大胡は道場へ来て準備運動をした後、そこにいた原告に「やらないか」と言ったところ、原告は一度は断ったが再度「受身はとれるようだからやらないか」と誘うと原告は「じゃあ、お願いします」と言って、一礼して練習に入ったのである。初心者に対して熟練者が練習を誘うことは柔道の稽古習慣である。

2、被告大胡は、原告が道場に来たのが二回目であって、一回目に来たとき原告が前記訴外青木邦臣と練習していたのも見ていたので、原告が柔道の経験の浅いことを十分知っていた。したがって、原告との練習も乱取りでは勿論なく、最初は原告が被告大胡に何回か足払いをかけた後、被告大胡が原告に足払いをかけて専ら受身の練習をしていたのである。被告大胡が原告に足払いをかけたときは衝撃を柔げるため、必ず原告の袖をひいて原告の体を支えていたのであり、大きな技はかけず原告が初心者であるため十分注意して練習していた。内股をかけたときも原告の袖をひいて原告の体を支えていたにもかかわらず、原告は前にのめり、その際原告の左足が捻じれたようであった。そこで、被告大胡が原告に「大丈夫か」と聞いたところ、原告は笑いながら道場の隅へはっていって寝ころがった。被告大胡は原告が三、四分たっても原告が起きないので、車に乗せ午後九時三〇分ころに加藤整骨院へ行った。同整骨院で診断したが判らないので、次いで高安病院へ行き、レントゲンをとった結果骨折と判明したものである。右の経過から明らかなように、被告大胡は原告が初心者であることに十分留意して、柔道ではまず第一に練習する受身の練習をしていたのであって、乱暴な練習をしていたのではなく全く無過失である。

3、ところで、柔道の練習にあっては、或る程度の危険は避け難いものである。したがって、柔道の練習をする者は練習によって生ずる危険について甘受引受をしていると見るのが至当であるばかりでなく、また加害行為は正当行為として評価されるべきである。本件についても、原告の受傷が柔道の練習に最も多く生ずる骨折であり、原告の危険の引受或いは承諾があったものであるか、または被告大胡の行為は正当行為として違法性を阻却するものである。

三、被告の抗弁に対する原告の反論

(一)1、柔道の受身には、後ろ受身、横受身、前方回転の受身、伏臥の前受身の四種類があるが、これらは柔道の基本練習で、これらの受身ができなければ技の練習にはいることは危険である。そして、これらの練習期間は現在約一ヵ月間とされ、通常受身の単独練習がスムーズにできるようになって初めて柔道の一、二の技を習得して互に受身をしあうのである。

2、しかるに、被告伊東柔道倶楽部の柔道指導員である被告大胡は、原告が道場へ来たのが二回目で、前記四種類の受身のうち一種類しか教えられておらず、同人が柔道の経験の浅いことを知っていたのに、大技の一つである内股を、しかも移動しながらかけたのであるから、受身が一層難しくなり、被告大胡の行為は正当行為とはいえず、被告らの主張は理由がない。

(二)  民法第七一五条の規定にいう事業は営利的か家庭的かを問わないし、また、使用関係は有償、無償を問わないのであるから、被告伊東柔道倶楽部が権利能力なき社団であり、被告大胡が右被告伊東柔道倶楽部の柔道指導員である以上、被告伊東柔道倶楽部は民法第七一四条による責任を免れることはできない。

第三、証拠≪省略≫

理由

被告伊東柔道倶楽部は会員約七〇名を構成員とし柔道指導を業とする権利能力なき社団であること、被告大胡は右被告伊東柔道倶楽部に使用されている有段者の柔道指導員であること、被告大胡が原告と柔道の練習をしその結果原告が主張のような傷害をうけたこと、および被告大胡が原告に内股をかけたことについては当事者間に争いがない。

そこでまず、被告大胡の過失の有無について判断する。冒頭掲記の事実と、≪証拠省略≫を合せて考えると、被告大胡は被告伊東柔道倶楽部の指導員で柔道初段の有段者であるが、昭和四五年一二月一四日午後九時ころ、伊東市玖須美元和田三八〇番地右伊東柔道倶楽部の道場で、原告に対し練習相手になるように誘ったが、原告から「できないから」と練習相手になることを断わられたうえ、原告が柔道着を着ているものの、その下にランニングシャツを着ており、二、三日前に同道場で一回だけ受身の練習をしているのを見ていたのであるから、原告が柔道の初心者で柔道の技のうちでも高度の技である内股の練習に対応できるだけの経験がないことを認識しえたにもかかわらず、再度原告に対し練習相手になるように誘い、原告と組んで移動しながらおよそ一〇分程右足で原告の左足を払う出足払いで受身をとらせた後、いきなり自己の得意技である左足で原告の右足をすくう内股をかけたが体勢がくずれて決まらず、そのため原告を転倒させ、よって原告に対し五か月一〇日間の入院加療を要する左大腿骨頸部骨折の重傷を負わせたことが認められ、右認定をくつがえすにたりる証拠はない。

そして、右認定事実と≪証拠省略≫を考え合わせると、柔道を練習しようとする者は、柔道の基本練習である受身の修習から始まり、この受身には後ろ受身、横受身、前受身、前回り受身、の四種類があって、相手から投げられて怪我をしないように受身がとれるようになるためには、受身だけの練習に少なくとも五、六時間の練習を必要とするものと認められるところ、被告大胡は原告が伊東柔道倶楽部の道場で二、三日前に一回だけ受身の練習をしているところを見ており、そのうえ、原告が柔道着を着ているものの、その下にランニングシャツを身につけているなど、柔道の心得のある者なら、しない着付けの仕方などから見て、原告が柔道の初心者であることを十分認識していたのであるから、初めて組んで練習する相手として原告に受身がとれるかどうかを確かめて練習に入るべきであるのに、これを怠り、原告が十分受身をとれるだけの練習を積んでいるものと速断し、原告に出足払いで受身の練習をさせ、移動しながら、いきなり自己の得意技とはいえ、柔道の大技の一つである内股を原告にしかけ、その受身のとれなかった原告に左大腿骨頸部骨折の重傷を負わせるに至ったことは、被告大胡の重大な過失によるものというべきである。このことは、被告大胡と原告の右取り組みの直前に、原告が訴外三代照和に練習相手になってくれるように申込んだところ、右訴外人から受身ができるかどうかを確かめられて練習相手になることを断わられていることからみても明らかである。

そこで、つぎに、被告ら主張の違法性阻却の抗弁についてみるに、柔道などのスポーツに参加する者は、加害者の行為がそのスポーツのルールないしは作法に照らし、社会的に許容される程度の行動であるかぎり、そのスポーツ中に生ずる通常予測しうるような危険を受忍することに同意しているものと解すべきであるが、本件については、前記認定のように、被告大胡は原告が柔道の初心者であることを知っていたのに、自己の練習相手として柔道の大技の一つである内股をかけ受身の練習さえ十分していなかった原告に左大腿骨頸部骨折という重傷を負わせたものであって、被告大胡の右加害行為は、その作法と過失の程度において到底社会的に許容されるものではないというべきである。それゆえに、原告の負傷が柔道の練習中の負傷であることを理由とする被告らの違法性阻却の抗弁は失当である。

そして、被告大胡は、被告伊東柔道倶楽部に使用されている有段者の柔道指導員であるから、原告が同倶楽部の会員でなくても外観上その事業の執行と同一視することができ、したがって柔道の練習中に被った原告の損害について、被告伊東柔道倶楽部は民法第七一五条により賠償すべき義務があるというべきである。

そこで、さらに進んで、原告の被った損害について判断する。

最初に、入院費、治療費、雑費についてみるに、≪証拠省略≫を考え合わせると、原告は前記負傷のため神奈川県湯河原町宮上四三八番地所在の厚生年金湯河原整形外科病院に昭和四五年一二月一五日から昭和四六年五月二四日まで入院加療し、その入院料および治療費として合計金一一七、四二二円を支払い、入院中の諸雑費として金三二、〇〇〇円を要したことが認められる。

つぎに、休業による損害についてみるに、前掲各証拠によれば、原告は大工見習として日当一五〇〇円をえていたが、前記負傷のため昭和四五年一二月一五日から昭和四六年七月末まで就労することができず、休日や雨の日をのぞいても一か月少なくとも二〇日間は就労していたものと認められるから、休業による損害は金二二五、〇〇〇円となる。

ついで、原告の慰謝料についてみるに、前掲証拠によれば、原告は左大腿骨頸部骨折の重傷を負って五か月一〇日間の入院生活を余儀なくされ、その後も接骨のため左大腿骨に埋込んであるプレートを除去するための再手術をもうけたことなど総合して勘案すると、原告の慰謝料として金二〇〇、〇〇〇円が相当である。

そうしてみると、被告らは原告に対し、各自金五七四、四二二円およびこれに対する不法行為の日である昭和四五年一二月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

よって、原告の本訴請求のうち右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を仮執行の宣言について、同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田耕生)

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